消化器 腫瘍 自己免疫(アレルギー)

■2歳未満の犬30頭における炎症性腸疾患(IBD)の発症状況

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はじめに

炎症性腸疾患(IBD:Inflammatory Bowel Disease)は、慢性的な消化器症状を呈する疾患であり、各種検査による除外診断と病理検査を組み合わせて診断される疾患です。一般的には中齢から高齢の犬で発症することが多いとされています。

一方で、若齢犬においてもIBDが疑われる症例は存在するものの、長年気が付かれずに見過ごされている症例が多く存在していると考えられます。

IBDは病態が悪化してからでは下痢などの臨床症状の改善が困難なことが多いため、早期に発見して予防・経過観察をすることが重要になります。

当院では開院以来4年間(2026年3月時点)で、身体検査や血液検査などで一定の基準を満たした2歳未満の犬30頭に対して、内視鏡検査および病理組織検査を実施させて頂きました。
この結果、驚くべきことに検査を実施したすべての犬にIBDを示唆するリンパ球性・形質細胞性腸炎を有する病理所見を確認することが出来ましたので、ここにご報告させて頂きます。


検査基準

①身体検査で削痩が認められ、摂取カロリー>必要カロリーを満たした犬

②血液検査でリンパ球の増加、CPKの増加、TP・ALBの低下のいずれかが認められた犬

③慢性的な下痢や食欲不振、嘔吐などの消化器症状を認めた犬

上記の①~③のいずれかに該当する犬に対して、去勢・避妊手術時に内視鏡生検を実施させて頂きました。

病理検査結果

30例の検査結果を下に示します。

内視鏡生検による病理組織検査を実施した30例すべての症例において、小腸の粘膜組織にリンパ球性・形質細胞性腸炎が存在するという検査結果が出ました。
このことは何らかの原因により、小腸粘膜においてリンパ球や形質細胞が関与する慢性的な炎症が起こっているということを示しています。


リンパ球や形質細胞は身体の免疫細胞の一種で、アレルギーや過剰免疫(自己免疫疾患)で増えます。
この場合、アレルゲンとしてはフードに含まれるたんぱく源やもともと自身の腸内に存在するたんぱく源などが考えられます。



粘膜固有層におけるリンパ球・形質細胞の浸潤の程度によってグレード1~グレード3までに分類した表を以下に示します。

グレード1:粘膜固有層における軽度のリンパ球性・形質細胞性浸潤
グレード2:粘膜固有層における中程度のリンパ球性・形質細胞性浸潤
グレード3:粘膜固有層における重度のリンパ球性・形質細胞性浸潤

また、このうちリンパ管拡張が認められた件数は9例、粘膜上皮内浸潤が認められた件数は8例でした。

リンパ管拡張はグレードに無関係に発生し、粘膜上皮内浸潤はグレードが上がるほど顕著に発生していることがわかりました。

雌雄差や月齢でのグレードの違いは認められませんでした。

※病理組織検査はすべてIDEXXで実施致しました。

まとめ

今回の病理組織検査結果より、ある一定の基準を満たす若齢犬に対して内視鏡生検による病理組織検査を実施したところ、すべての犬にIBDや食物アレルギーを示唆するリンパ球性・形質細胞性の炎症が起こっていることがわかりました。
また一部の犬で炎症細胞の粘膜上皮内浸潤やリンパ管の拡張が認められました。


IBDタンパク漏出性腸症を引き起こす一因として考えられていて、多くは下痢や嘔吐,食欲不振などの慢性的な消化器症状や血液検査において低蛋白・低アルブミン血症を確認した後に内視鏡検査などで発見される為、中高齢の犬での発症が多いとされています。

しかし、今回の結果からタンパク漏出性腸症を発症していない段階でも、若齢犬に置おいて病理検査的にIBDを示唆するリンパ球性・形質細胞性腸炎が認められることが判明しました。

このことは潜在的に多くの犬が若いころからリンパ球性・形質細胞性腸炎に罹患しており、長期的に腸で慢性炎症が継続することによって、中高齢になり症状が重度になり初めて発見されていることを示唆しています。

IBDの場合、炎症細胞は腸の粘膜固有層という部分で増えることがほとんどですが、まれに粘膜上皮内でも増えることがあります。
猫では粘膜上皮内でリンパ球が増えていると消化管型リンパ腫の可能性が高まりますが、犬ではその限りではありません。
ただし、上皮内浸潤が多い=重度のIBDという可能性は高まり、将来的に消化管型リンパ腫へ移行していく可能性も高くなるといえます。
今回の検査結果からも、グレードが高いほうが上皮内浸潤している割合が高いことがわかりますので、上皮内浸潤が顕著な場合はより綿密な経過観察が必要であるといえます。

また小腸内のリンパ管は脂質を吸収する部分であり、リンパ管の拡張は脂質の吸収不全を招き、下痢を起こし易くなります。
リンパ管拡張症という炎症が関与しない病態もあると言われていますが、実際に病理組織検査をしてみると腸の炎症に付随してリンパ管が拡張していることがほとんどで、原発性のリンパ管拡張症はほとんど無いと考えれれます。
タンパク漏出性腸症に対して食物アレルギーやIBDを無視して低脂肪食で治療を試みることがありますが、今回の病理検査結果からも食物アレルギーやIBDを考慮せずに低脂肪食のみで良化することは稀であると考えられます。

IBDは重篤化してからでは、下痢などの消化器症状のコントロールが難しくなり、ステロイドや免疫抑制剤などの副作用の強い薬剤による治療が必要になります。
また、低蛋白・低アルブミン血症などになってからでは、消化管型リンパ腫との鑑別診断に必要な内視鏡検査を実施するにあたり、術後血栓症などの麻酔リスクがかなり上昇してしまいます。

どのような病気においても、早期発見・早期治療することが病気の進行を遅らせ、重篤化を防ぐことに繋がります。
症状が軽いうちに病気を発見し、将来の発病に備えることが本当の意味での予防医療と言えます。

病理検査においてリンパ球性・形質細胞性腸炎と診断された場合、1歳を目途にⅣ型アレルギー検査(リンパ球が関与するアレルギー)を実施させて頂き、食物アレルゲンの除外を行うことで、投薬無しで重篤化を遅らせることが出来る可能性があります。
実際、多くの犬でフード変更後に削痩状態が改善したり、便の量が減り消化器症状の改善や、低蛋白・低アルブミン血症の改善などが認められています。

以上の結果より、若齢犬でなかなか体重が増えない、定期的に嘔吐や下痢などの症状があるなどの心当たりがある場合はIBDを罹患しているかもしれません。

当院では、問診・各種検査・画像診断・内視鏡検査・病理検査を組み合わせた多角的な総合診断を行い、それぞれの症例に応じた適切な治療をご提案しております。気になる症状が続く場合には、お気軽にご相談ください。

注釈

文章内に出てくる病名がわかりにくいため、相互関係を簡単にご説明します。

慢性腸疾患(IBD) 
慢性的に腸で炎症が起こっている状態のことで、原因として食物アレルギー、原虫症、細菌やウイルスなどの感染症を除外したものを指します。

リンパ球性・形質細胞性腸炎
小腸粘膜において、リンパ球や形質細胞という免疫細胞が主体の炎症を起こしている状態のこと。
IBDや食物アレルギー性腸炎が起こっていることを示唆します。

タンパク漏出性腸症
IBDや食物アレルギー、リンパ腫などが原因で血液中の蛋白・ALBが低下している病態のこと。

消化管型リンパ腫
小腸粘膜に腫瘍性のリンパ球が増殖する腫瘍病変
低分化型か高分化型か、T細胞性かB細胞性かなどで分類され、その型によって治療や予後が変わります。
IBDが進行して消化管型リンパ腫へ移行することもあると言われていて、IBDとの鑑別診断医は病理組織生検、免疫染色、遺伝子検査などが必要になります。

タンパク漏出性腸症 > IBD > リンパ球性・形質細胞性腸炎 

IBD ≠ 消化管型リンパ腫

といった関連性になります。

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